2010年1月4日月曜日

なぜ97年の超緊縮財政において官僚は橋本政権を情報操作したのか

鈴木淑夫 日本の経済針路(新政権は何をなすべきか) 岩波書店

後になって、橋本総理や梶山官房長官(当時)が述懐したところによれば、当時橋本内閣の閣僚たちは、総理を含め、経済企画庁(当時)が作った楽観的な97年度経済見通しと、住専を処理すれば残る問題は信用総合の経営だけだという大蔵省(当時)の説明を鵜呑みにしていたのだと言う。まさに「官僚主導型政治」の典型的な事例である。

官僚の情報操作に乗せられた与党の政治家が、野党や一部の識者の声に耳を貸さず、日本経済を台無しにするような大失敗を犯したのである。

何故官僚たちは、ここまで情報操作をしたのであろうか。大蔵省の金融行政は、戦前の片岡大蔵大臣の国会での不用意な発言が昭和金融恐慌の引き金になった失敗に鑑み、伝統的に深刻な金融問題を隠す体質を持っていた。金融危機の実態を隠しながら、経営の悪化した金融機関を優良な金融機関に合併させ、合併先が見つからない時は大蔵官僚OBをトップに送り込んで解決を先送りし景気回復によって好転するまで隠し続けた。こうして金融行政の「無謬性神話」は維持されて来た。

90年代も真実を明らかにしないという意味で、同じ手法をとっていた。住専処理と称して住専に公的資金を投入したが、実は住専ではなく、農林系統金融機関の救済が目的であった。この公的資金で住専に対する農林系統金融機関の不良再建の返済を可能にして農林系統金融機関を救い、そのあと住専は見殺しにした。また信用組合にのみ公的資金を注入する体制を作っただけで、あとは大丈夫だと説明して先送りしようとした。

しかし、財政再建最優先の97年度超緊縮予算を組むことによって、大蔵省は自ら墓穴を掘った。自ら引き起こした二年間のゼロ成長とマイナス成長という深刻な景気後退によって、株価暴落と不良債権の再膨張を招き、金融機関の経営悪化は先送り出来ない域に達した。そして遂に大型金融倒産という形で火を噴いたのである。

そうなるまで隠し続けた動機は、過去の金融行政の失敗が明らかになるのを避けたかったという行政の「無謬性神話」への固執があったからかもしれない。あるいは、主計局の銀行局に対する絶対的優位から、財政構造改革法の国会通過の妨げとなる深刻な金融問題を銀行局に隠し続けさせたという組織上の問題もあったかもしれない。

後者だとすれば、これが景気となって大蔵省の財金分離が与野党の政治家によって実行され、金融庁が誕生したのは一つの前進かもしれない。

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